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無自覚にやってしまっているかも?

今日は「ドラえもん」😊

ある日、のび太くんはジャイアンに殴られたらお見舞金をもらえる保険に入ります。案の定すぐに殴られてお見舞金でマンガ本を買います。しかしその後、ジャイアンの機嫌が良かったり体調を崩したりで、のび太を殴りません。

毎日数十円払って殴られないのでのび太くんは損した気分になり、しまいにはジャイアンに殴ってくださいとお願いをしに行きます。

のび太くんにとって「ジャイアンに殴られること」はとても嫌なことだったのに、お見舞金が欲しくて「ジャイアンに殴られること」が望みになってしまいました。

本末転倒なようですが、実は私たちも無自覚に似たようなことをよくやってしまっているんです😰
例えば「怒る事は悪い事だ」と思っていて「怒られるのが嫌い」な人が

怒られる→
怒ってる(悪い事をしている)相手を許している自分は素晴らしいと感じる→
脳内物質が出て自分が価値ある存在に感じる→
怒られたくなる

みたいな自分の中だけでのイメージ操作を作り出してそのサイクルから出られなくなったりします。
実際に自分の価値も上がったように感じてしまうのでまさに中毒☠️
でもよ〜く考えてみてくださいね。怒られる事を求め続ける人生ですからね。しかもはじめは怒られるのが嫌だったんですよ。

自分でこの操作の仕組みとデメリットに気付いてしまえば、ニコチン断ちのように次第に止めることは可能です。
自分の思考パターンや行動パターンをよくよく見直してみましょう🧐


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体験して腑に落とす

「ニューヨークのパリジャン」という映画を観ました🎬

主人公の男性はフランス人の小説家で2人の子供とその母親であるパートナーと一緒に暮らしていましたが、レズビアンの友達に頼まれて精子を提供した頃から彼女とギクシャクしてしまいます。

彼女はNYで新しい彼氏ができて、子供を連れて出ていってしまします。子供たちに会いたくてNYに行き偽装結婚をして職を探し、なんとか子供たちと定期的に会えることになります。

さらに同時期に学生時代の彼女とお互い子持ちでまた交際を始めるなど、短期間で目まぐるしく人間関係にまつわる体験をして行きます。

親とも疎遠で愛とは何かをぼんやりと探し求めていた彼は、様々な体験をしたのち過去を振り返って「腑に落ちた」という表情を浮かべます。


私たちは未解決な課題を「体験して腑に落とす」ためにわざわざ地球にやって来ます。そして様々な問題にぶち当たっていきます。

瞑想などで波動を上げた時には解決した気がする問題も、現実レベルで体験し腑に落とさなければその問題をクリアしたことにはならないのです。

キツイけど、みんな頑張りましょう!😇

幸せな気持ちにさせてくれる存在

久しぶりに「アバター」を観ました。

人間って実は色んな種類がいて、みんな違っていて、地球に来た目的も様々なのに、「これが人間の正しい生き方だ」とか「これが人間の幸せだ」などと決まっていると思い込んでしまう人も少なくありません。そしてそれに合わせられない自分を否定してしまいがちです。例えば、前世で5人と結婚したから今世は独身を体験してみようと計画してきたのに親にうるさく結婚しろと言われて結婚したけどなんだかしっくりこないとか(笑)

自分を否定してしまうと、自分には力が無いと感じ、周囲から身を守らなければならないと思ってしまいます。自分を守る方法は、暴力、自分の正当性を主張し続ける、優秀であろうとする、言い訳、弱者ぶる、いつも笑顔でいようとする、、、、など様々です。

もし他者を、「自分には無い素晴らしさを持っていて、私を幸せな気持ちにさせてくれる存在」だと感じられれば、身を守るためのそんな操作はいらないですよね。それよりも、その人たちとどんな素敵な時間を過ごそうか、どんな面白い事をしようかなどと自分をわくわくさせることを考えたくなります。

そうなるには、みんなが自分を否定するのをやめる必要がありそうですね。そうすれば本当に自分がやりたい事が見えてくるんじゃないかな。

ガチで相手と関わる優しさと清々しさ

最近朝4時ごろ目がさめるので、映画を観たり散歩をしたりしています。今日は散歩中に鹿に出会いましたよ。とても気持ちの良い朝でした。

昨日「100歳の少年と12通の手紙」という映画を観ました。
病気で余命12日の少年が、ある出会いによってとても充実した日々を過ごし満足して旅立っていくお話です。病院内にある学校の先生もそして親さえも、腫れ物に触るように接してくることに憤り、孤独を感じていた彼は、ある日病院の廊下で見知らぬ女性とぶつかります。女性は口が悪く、彼に文句を散々言って帰って行きましたが、彼は普通の子と対等に扱われたこととその女性の裏表のなさが気に入って、その女性と最後の12日間毎日会うことになります。そして、病人としてではなくひとりの人間として本気で様々な体験をし、愛や悲しみや至福を感じていきます。

親子関係でも、友達関係でも、男女関係でも、相手にどう思われるかが気になって、正しいことを言おうと頑張ったり、当たり障りのない会話しかできなかったり、加害者になる事を恐れて言いたい事を言わなかったり、心が近づくコミュニケーションってなかなか難しいですよね。

ガチで相手と関わる優しさと清々しさを感じた映画でした🎬

脳の本当のパワー

昨夜の夢は、理解や記憶の定着がとても地道だという夢でした。新しい刺激を一定時間受けると全体に少し知識が定着し、それが何度も何度も繰り返されていました。いまいちパッとしない印象です。頭悪いってこと?(笑)

今日一日、モヤモヤしていましたが、やっと意味がわかりました!

私達はやりたい事とやりたくない事があります。それは、いま興味が向いていることと向いていないことです。幼い頃は見るもの全てが目新しく興味で生きることが出来ますが、学校や仕事や人付き合いなどで今興味が向いていることを今やる事が難しくなっていきます。

すると、「今自分は何をしたいのか」に鈍感になっていきます。ある年齢を過ぎるとほとんどがルーチンワークで、もはやそれをこなせることが生き甲斐だぐらいになっていきます。そうなると、胸腺が機能しなくなってきて老いるのだとか。

私達は余りにも「しなければならないこと」が多すぎて頭がフセンだらけで本来の能力が発揮できていません。そうしていないと生存に不利なんじゃないかとDNAは思っています。でも、それでは脳の本当のパワーが出せず本末転倒になってしまっているようです。

天才ってやりたい事をやり続けられている人なのかもしれませんね。
私もやっと興味で生き始めたからか胸腺あたりが強烈にジリジリしています。胸腺復活で若返ればいいな〜(笑)


興味のリーディング?

昨日、私がさなぎから蝶になってたっぽい時(笑)夫は、抜けなくなっているネジと奮闘中でした。私は自分に集中しようとしても、曲がっているネジの映像が浮かんできます。「ネジが曲がっているんだよ」と何度か言おうかなと思いましたが、私は「彼は彼の体験からの発見をしているところで、私は私の体験から発見しているところだ」ということを理解して、それをまさに現実に落とし込んでいるところだということを感じたので、黙って自分のことに集中することにしました。

リーディングやチャネリングは、自分でも得意だし便利だと思います。でもそれが、不足している自己価値を上げる方法になってしまうのは嫌でした。かつての私も無意識にやっていたし、みんなも普通に自分の得意な事で自己価値の飢えを満たしています。それ自体良いことでも悪いことでもありませんが無条件に自分を愛せれば、そんな事をする必要がなくなります。ただ興味で関わるだけでしょう。

私はニコチン断ちするように、自己価値を上げる小細工を止める練習をしていたのだと思います。


しばらくして夫が「ネジが曲がってたのか〜!」と抜けたネジを見せてくれました。私が映像で見ていたのと同じネジでしたが、曲がり方は大げさに見せられてました(笑)

さなぎが蝶になる!?

一昨日、母との学びが私の中で腑に落ちたとき、セントジャーメインから「これで地球も安泰だね。親子間の無条件の愛の、子供側と親側の叡智があなたから打ち上がるからね。」と言われ、さらに今日の午前中に私が「さなぎから蝶に生まれ変わる」と言われました。

朝瞑想していると、「自己認識」におけるさらなる気づきありました。その後眠くなって寝転んでいたら、まず心臓がビリビリしてきました。次に胸腺が気持ち悪いほど(笑)ビリビリしてきました。次に喉、額と移動して頭頂まで来たときに「娘が学校にいる姿」が映像で見えました。他者に残していたエネルギーが、自分自身に戻ってきたようです。

この過程は無言でやっていたのですが、エネルギーの上昇を感じているときに夫が外から帰ってきて、ラジオで流れていた曲が気になったらしくいきなりホノボノした音楽をかけました。ジミー·クリフの「I Can See Clearly Now」という曲でしたが、歌詞が私のその時の状況にドンピシャでちょっと面白かったです(笑)