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愛されない無力感

体を統合してまず取り戻したのは「喜怒哀楽」でした。「喜」を変化や創造の喜び、「怒」を変化や創造が上手く行かない苛立ち、「哀」をありのままの自分でいられない悲しみ、「楽」をありのままの自分でいられる心地よさとすると、私は哀楽があまり感じられていませんでした。自分のためにお菓子を買ったり他人にはくだらないと思われるかもしれないツボにハマる事を探したり、、自分らしい心地よさをほとんど重要視していませんでした。

次に、母親に愛されなかった無力感、無価値感のフィーリングにとらわれました。母親は自分のことはさておいても、とてもよく家族をサポートしてくれる良い母親でした。でも、私と同じタイプで物質側の実感があまりなくいつも心あらずっていう感じでした。子どものほっぺたをムニュってしたり、愛おしくて抱きしめたり、っていうのは全然イメージできません。私が妊娠したときも「子供が生まれたらヨガクラスを教えている間見ててね」と言うと、「小さい子供苦手だから」と真顔で断られました(笑)

私が産まれたときも妊娠9ヶ月まで働いて、2ヶ月で仕事に復帰したそうです。私は母の実家に預けられていたのですが、「私何を飲んでたの?」と聞いたら「さあ。。」もっと母親に動物的に可愛がられたかったなぁ。。。

そんな無力感が次第に和らいできて、「そっか受け身でしか考えてなかった。私が母を変化させて私に愛を感じてもらうことだって可能なんだ!」って思ったら、「自分が望めばどうにもならないことなんてないじゃん」と第一チャクラのレベルで創造主感を感じることができました。

以前、自分の実感のなさに嘆いていたとき娘が「それはママのママがそうだったからなんだよ」「えっ!?」「でもそのママもそうだったから」祖母、母、私と連鎖が続いていたんですね。私は絶対にその連鎖を止めたかった。そしてやっと達成できました!
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