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体験のピースが足りない!

自己を統合すると、しなければならないこと、してはいけないことがなくなるので、しばらくは今まで自分に禁止していた側の体験をするようになるとセントジャーメインとのチャネリングでアドバイスをもらっていました。そりゃ、体験するために地球に来ているわけですからね(笑)

私は母に理解されることをずっと諦めていました。昨日久しぶりに母と電話で話しましたがなぜ自分が諦めたのか再確認しました。やっぱり今の母には無理だな〜。でも自分の思考や感情の蓋がなくなっている私は、今までの怒りがとめどなく流れます。まいったな〜、どうしようかな。

かつての私なら正しい道は何か知ろうと努力したと思いますが、今は、やり残した体験、感じきっていない感情を吐き出すことによってより自由になりたいと思う気持ちを尊重してみたくなりました。

自分は無条件に価値があると完全に思えるには、体験のピースが足りないと思いました。そんなときタイミングよく母から電話がきました。そして、流れに任せて、正直にかつ母に伝わるように私の思いを吐き出しました。母も自分では気づかないところで私がいろんなことを考えたり感じていたことに戸惑っていましたが、なんとなく私の不満に気づいてくれたような気がします。

母がどんな生き方をするのも自由です。でも、私がどんな事を望むのも同じように自由です。長年やりたくてできなかった事が少しできた自分が前よりちょっと好きになりました(笑)

エネルギーの逆回転がすごい!

普通とか超人的ってどういう現象でしょう?
誰でも火事場のバカ力を体験したことがあると思います。私ってこんなに凄かったっけ?とびっくりしたのではないでしょうか。普段は私達の各チャクラは不安や恐れで正常に機能していません。それが、何かに極度に集中したり瞑想したりすると、一時的に7つのチャクラが正常に回転します。すると、体の周りのエネルギーが通常モードからスーパーモードになり、逆回転をします。

私の父は優秀なサッカーの選手だったのですが、試合のときはこのスーパーモードになっていたようです。私も器械体操でインターハイにでたり、ピアノの舞台で評価されたりと、無自覚にこのモードを使っていたようです。それが、ヨガや瞑想をするようになって、長時間の至福を伴うスーパーモードを体験するようになっていきました。

スーパーモードになると恐れがないので物事がスムーズにいきやすくなります。ヨガを教えているときや講演しているときなどは本当に不思議な感覚でした。でもそれに慣れてくると、今度は普通モードの自分を否定してしまいます。

常時スーパーモードになるには、気をそらして恐れを振り切るのではなく、恐れそのものを根本解決する必要があります。その作業をこの8年間やってきましたが、それはキツかった。しかも一時的スーパーモードにならないようにヨガ禁止令が出ていました(笑)

やっとあの頃の感覚が戻ってきましたよ!

愛されない無力感

体を統合してまず取り戻したのは「喜怒哀楽」でした。「喜」を変化や創造の喜び、「怒」を変化や創造が上手く行かない苛立ち、「哀」をありのままの自分でいられない悲しみ、「楽」をありのままの自分でいられる心地よさとすると、私は哀楽があまり感じられていませんでした。自分のためにお菓子を買ったり他人にはくだらないと思われるかもしれないツボにハマる事を探したり、、自分らしい心地よさをほとんど重要視していませんでした。

次に、母親に愛されなかった無力感、無価値感のフィーリングにとらわれました。母親は自分のことはさておいても、とてもよく家族をサポートしてくれる良い母親でした。でも、私と同じタイプで物質側の実感があまりなくいつも心あらずっていう感じでした。子どものほっぺたをムニュってしたり、愛おしくて抱きしめたり、っていうのは全然イメージできません。私が妊娠したときも「子供が生まれたらヨガクラスを教えている間見ててね」と言うと、「小さい子供苦手だから」と真顔で断られました(笑)

私が産まれたときも妊娠9ヶ月まで働いて、2ヶ月で仕事に復帰したそうです。私は母の実家に預けられていたのですが、「私何を飲んでたの?」と聞いたら「さあ。。」もっと母親に動物的に可愛がられたかったなぁ。。。

そんな無力感が次第に和らいできて、「そっか受け身でしか考えてなかった。私が母を変化させて私に愛を感じてもらうことだって可能なんだ!」って思ったら、「自分が望めばどうにもならないことなんてないじゃん」と第一チャクラのレベルで創造主感を感じることができました。

以前、自分の実感のなさに嘆いていたとき娘が「それはママのママがそうだったからなんだよ」「えっ!?」「でもそのママもそうだったから」祖母、母、私と連鎖が続いていたんですね。私は絶対にその連鎖を止めたかった。そしてやっと達成できました!

地球探索チーム(笑)

例えば大きな船にたくさんの人が乗っているとします。海底に海賊船が沈んでいるから探索するチームが組まれました。私は船からの光が届く範囲で見張りをする役です。多くの人は海底に潜って探索をしています。みんな夢中になって探索しています。しばらくすると、水が濁ってきました。下の様子がわからない私は不安になっていきます。それはどんどんひどくなっていきます。次第に私は海底のチームは水を汚す悪い人達だ私に迷惑をかけないで!と考えるようになりました。

被害者意識の芽生えですね(笑)でもいくら自分は悪くない、海底チームが悪いんだと主張しても、私は船の上に戻ることができません。なぜなら自分の中に良い悪いの二元性を創り出してしまったのでそれを解決(統合)するまで海の中にいるしかありません。

では、どうすれば船に上がれるのでしょう。海底に自ら潜ってそこで探索する体験をして、自分が否定していた人たちを理解し、自分の中から分離を無くすことです。しかし、ずっと船の明かりの近くにいた私は海底に行く勇気がありません。みんなは慣れていて海底で楽しんでいるのに、私はすぐに流されてしまうかもしれないし、みんなに馬鹿にされるかもしれない。

でも、もう海底に行くしか選択肢が無いことに決着はついている。
という感じで私は海底に降りたのでした(笑)

感じられる幸せの限界を越える

物質の自分か、非物質の自分。たいていどちらかへのフォーカスが得意でどちらかは感じにくいと思います。物質の自分にフォーカスしている人の方が圧倒的に多いのですが、私は物質側の自分に全く馴染んでいませんでした。
そして、物質側の自分を統合したら、ライトレビューのようなものが起こりました。

晴れた日の昼間。阿佐ヶ谷の駅から家までの道をとても気分よく歩いています。元夫、弟、妹と一緒に平和な気持ちで過ごしている日々。好きな仕事を好きなぐらいやって、お金もある。あれ、こんなに満たされた生活をなぜ手放したんだっけ?すると記憶喪失のようになってその後のことが思い出せなくなりました。

その平和な風景は私のDNAの絶頂期で、それ以降はDNAの認識がすぐには追いつかなかったようです。

しばらくすると、ツインと出会ってからの場面が現れました。それは強烈な引力と彼に対する嫉妬、不安、執着に満ちたものでした。その後富士山麓での生活が現れました。そしてそのどれもが、びっくりするほど幸せに満ちていました。どの場面を見ても受け止められないほどの幸せが押し寄せてきて両鼻が詰まるほど涙が止まりませんでした。

その様子を見ていた夫は「良かったね。」と言ってニヤニヤしています。「何も言ってないのになんでわかるの?」「ツインだからだいたいわかるよ。」「私ってこんなに幸せだったんだね(驚)」「だろ〜(笑)リアルタイムで実感してくれよ(笑)」

ツインと会ってからの人生は自分のDNAを超えたチャレンジでした。毎日、一日中100本ノックみたいな(笑)
でもチャレンジしてよかった。まあ終わりはないんだろうけどね。

どこまで「私」だと思えてる?

朝、バタバタと支度を済ませ娘を送り出そうとしたとき、あるちょっとしたことがきっかけで「私は間に合わせようと頑張ってるのに、あいつらのんびりしやがって」と余裕顔で車に乗り込む娘と夫に腹が立った。もはや感情というよりはDNAからくるフィーリングみたいな感じ。思考では、それはこっち側の言い分で二人からすれば「別に遅れたら遅れたでしょうがないけど、そんなに焦らされるのはせっかくの朝のいい気分が台無しだよ」と私を迷惑者と感じているかもしれないと理解できる。でも、自分の思い通りにことが運ばないとイラッとくるものです。でもそのイラッを飲み込むのを止めてみようと思いました。

私ってどこまで私だと思えているのだろう。物分りのいい自分は認めて、駄々っ子の私は私じゃないって言っているみたい。そんなの、手や足は自分だけどすい臓はみえないから私じゃない、臓器は物質だから私だけど感情や思考は自分じゃない、オーラは自分には見えないから私じゃない、今起こっている問題は私じゃない。。。。みたいなおかしさ(笑)

何を自分に含めたくないかは人それぞれ違うけど、全てを自分に戻すことを、みんないろんな順番でいろんなやり方でいろんなペースでやっています。その統合には「私だと思えない部分」になってみて、それが自ら「統合したい」と決意する必要がありそうです。私は駄々っ子の物質の私を感じてそれを否定しない状態になりました。

すると、私の中にいた「私」と「あなた」が統合されて『私』になりました!
多分すごいことなんだろうけど、臨死体験した時みたいに意識は途切れることなく続いていました。
なーんだ統合ってこんなもん!?とがっかりしていたらライトレビューが始まりました。






瞑想中の私って誰のこと?

瞑想しているときに情報をくれる私と質問を投げかけているYUKAである私、その関係ががだんだん危うくなってきた。壊れたテレビみたいに質問者が途切れ途切れに消える(^_^;)
それが目的で小脳に働きかける瞑想をしろって言うことみたいだけど。

昨日夫に話したら、ある瞑想法を勧められたのでやってみた。
エネルギーを第一チャクラから徐々に上に上げていくんだけど、いつも私がやっているのよりガッツリ全部のエネルギーを持ち上げていく。私は光の部分だけを上下させていたんだけど、これは体に染み付いた灰色で重たい部分も持っていくから始めは気分が悪かった(笑)

第七チャクラまで来たとき、いつもなら光と一緒に意識もさらに上がって行くんだけど、今回はそこで自分を2つに分離させて体に残って光を見送る側に成ってみた。それは私にとってはじめての体験でなぜか涙がこぼれた。たぶん物質側の私をはっきりと認識したんだと思う。

そしたら今日!!!

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