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Hさんが悟りました!

ツインソウルの日常、更新しました。
http://darattomeisou.blog100.fc2.com/blog-entry-57.html
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変化の決断ができない

会話にはいくつかの種類があります。興味をもって質問したり、道を尋ねたりするような、内容の伝達が重要な会話。それから、自分の評価をあげようとする、もしくは自分の身を守ろうとする内容の伝達より相手のリアクションを気にしながらする会話。他にもありますが、このふたつをみてみます。

自覚的にこれらを使い分けられれば問題ないのですが、自動的に後者の会話パターンになってしまうと何年も一緒にいても何一つ相手のことが分かっていなかったってことになりかねません。しかも、その事にさえ気づかないで分かったつもりでいる。日本の夫婦はほとんどこんな感じじゃないかな(笑)

これは、「気遣い」という一見美しそうな表現で誤魔化されていますが、表面的な平安を求めて対立を恐れる、すれ違いの大元です。笑顔の下に恨みつらみが~キャー(笑)

このような会話の癖は、決断の場面にも影響を与えているようです。飛躍的な変化の決断ができない人は、変化できない言い訳探しに必死で、肝心な論点をボンヤリさせる癖があるような気がします。

それほどみんな他人のことなど気にしていませんよ(笑)

長い手綱

セミの脱け殻のイメージが…。やっと土から出てきて変身しはじめたかな、私(笑)

監視したり、規則で行動を制限しあうのは窮屈な人間関係。悟ると、相手をコントロールしなくても、完全な調和があることが概念レベルでわかります。でも、実際の行動はまだDNAに基づいているので恐れが生じるという現実を体験することになります。

子供にとっていいことなんてわかりっこないのに、これは体にいいとか、これは体に悪いとか、このぐらいの量がいいとか、美香に長い手綱を付けていました。

その手綱を振り払おうと美香はあの手この手でチャレンジしてきます。けっこう手強い(笑)

やっと手綱を手放すことができそうな感じ☆
それがセミの変身のイメージだったのでしょうか。

光と闇

「光と闇」ってよく言うけど、光って何?闇って何?闇は恐ろしいもの?光りは安らげる場所?ある意味ではそうかもしれません(笑)

「闇」はまだ知らない部分のこと。灯りがついている部屋は安心できるけど、まだ暗い部屋は何が潜んでいるかわかりません。

ただ灯りをつけてよく部屋の中を覗いてみれば、怪物などいないことがわかるはず。でも「闇は怖いもので近寄ってはいけない」と思っていたら、ずっと恐れを抱いたまま生きることになります。

見てしまえ~!(笑)

「闇」は私たちを自由にする、可能性の部屋です。







ひっくり返る

マーリンさんより。

「あなたがやっているのは遊びです。私たちがやっているのも遊びです。遊びにはツボがあります。あなたのツボは「ひっくりかえすこと」分離の時代から統合の時代にベクトルの向きが変わったので世の中の価値観がひっくり返ります。そのためにはまずはあなた自身がひっくり返るのです。」

例えば、怒りも、悲しみも、喜びも、感情のバリエーションで等価です。もし怒りは悪いものという先入観があって怒りを表現してこなかった人は、悟るとその先入観がとれてくるので、怒りを表現するようになります。他の感情表現についても同じです。


強がっていた人が甘え上手になったり、無感動だった人が笑いじょうごになったり、なんだか健康的ですね☆



☆いつも同じ回答をしない

「親が言った『正しいこと』を覚えて、ただ出力するだけじゃ機械みたい。私はもっと高性能だよ。子供に教えようとするんじゃなくお母さんがその都度言いたいことを言えばいいんだよ。答えいつも同じじゃないはず。」

意識で美香に理由を聞くと、このように言っていました。

例えば、あるときはテーブルに上っちゃダメと言い、あるときはダメとは言わない。机は上ってはいけないものと決まっているわけではないが、上って欲しくない場合もある。美香がまだ寝返りを打てない頃は、よく大きなテーブルの上に寝せてたし(笑)

その都度回答が違うと、子供は「机=上ってはいけないもの」というルールを無自覚に受け入れるのではなく、いろいろな可能性を考えるチャンスが得られます。

また、母親の言っていることと考えていることが一致するので、子供は回りくどい詮索が必要なくなり、願望をストレートに表現できるようになります。すると願いが叶いやすくなる。さらに、ストレスが減るので、その先の自分の興味に取り組むことができます。

大人になって、机にのって電球を変えられない理由が「だってお母さんがダメだって言ってたから…」ってちょっと滑稽かも(笑)

☆ときどきチュッとする

美香は毎日「ママだっこ!」「ママにチュしたくなったの」「ママのおひざがいいの」と甘え上手。子供は自由意思を尊重されたいだけでなく無条件に自分の存在を愛されたいという欲求も持っています。スキンシップはそれを肌で感じられる、子供にとっては安心できてとっても気持ちいい瞬間。もちろん母親が義務でそれをやっていても子供は満足しません。

甘えたくなると美香は「ニャンニャンになちゃった」「かわいい赤ちゃんなのよ」といってモードを指定してきます。ただいとおしいと感じられる「存在の愛」を味わうと、自分の興味のある遊びに戻っていきます。

この「存在の愛」が母親から得られないと、子供は「迷惑をかけてはいけない」「生まれてきた許可まだもらってませんけど…」という感じに親に認められようといい子になったり、優秀な子になろうと頑張り続けます。でもこの存在の愛が得られないのは子供のせいではないのです。

母親が夫婦関係や嫁姑関係、仕事と育児の両立などのストレスや母親としての責任感を抱え、心ここにあらず状態であれば「ただいとおしい」と思う余裕などありません。また、自分自身が「存在の愛」を自分の母親から得ていなければそれがどんなことなのかわからないかもしれません。

「存在の愛」が感じられるようなスキンシップは、将来の男女関係や性的自由度とも関係するのでけっこう重要ですよね☆
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